テーマ:自分史

ドラマ出演情報~リーダーズⅡ

日本の技術力で自動車を生産する夢を追い求めた男達の熱いドラマ!! 平成29年3月26日日曜日  TBS 夜9時スタート トヨタ自動車創業者豊田喜一郎氏役の佐藤浩市さんと決起集会にて、会場入り口で挨拶を交わすシーンで一瞬登場予定!!
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NHKドラマ10『愛おしくて』に出演しました!!

久しぶりの投稿ですが、日々教育にエンターテイメントに奔走しています。 今回のNHKドラマ10「愛おしくて」2月9日放送第5話(全8話)においてエキストラ出演しました。 多治見市とNHK名古屋とのコラボ企画で、市の観光課でエキストラを募集していました。 地元多治見駅エスカレーターを降りてくる女優秋吉久美子さんの前を横切る…
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二つの記念日

6月7日結婚25周年を迎えました 銀婚式ってやつみたいです とりあえずプリザーブドフラワーをプレゼント うん十万円の宝石だと言ってあります 近くのイタリアンカフェでジェラートタイム{%子…
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母の日に想う

母が逝って3年近くなろうとする 決して幸せに満ち溢れたとは言えなかったかもしれない人生 昭和34年伊勢湾台風で中学1年の長女、小学5年と2年の2人の息子を失って人生に失望していた父母 翌年3男として生を受けた私 母41才 父47才 父が残してくれた映像です 母は厳しくも愛情…
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父の日に想う

全国的に雨模様でジメジメした日が続きますが、皆さんお元気ですか? 先週の晴れ間に庭を1時間かけて散歩してきました あっ狭いんですが、カメラのルミちゃんもって綺麗なモデルを探しての撮影会となりまして・・・ トップバッターはグリーンカーテンことゴ…
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結婚記念日

本日6月7日は結婚記念日です。早いもので23年が経過しました。 先日ブログ友の記事で結婚記念日の事が紹介されていて、自分は過去2年全く触れてなかったなぁと反省 しかし区切りって年でもないので2年後の銀婚式にでもと考えたのですが、その時ブログが続いているかもわからないしということで今回書いてみることにしました…
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スティーヴ物語 vol.25  特別編 ~生と死をみつめて~

このスティーヴ物語(自分史)は、自分の子ども達が「自分のオヤジってどんな人間なんだろう? 何でそんな考え方するんだろう?」って思ったとき読んで欲しい、そのためには、まとめておかなくては…と思って書き始めたものです。 このブログを始めて1年4ケ月になりますが、最近までは仕事仲間向けに書いていました。ですから他の方のブログを見に行くな…
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スティーヴ物語 vol.24 育児編 その4~自分探しの旅

次女は生まれてから小学校3年生頃までは、体もとびきり大きく、天真爛漫・男子まさり・自信満々・チャリンコ暴走族・・・。 将来絶対大物になる予感。 しかし4年生になると一変。自分に自信をなくし、対人恐怖症に。他人の目が気になる。 他人が自分のことをどう見てるか・どう思っているか気になってしょうがない。 それは、中学でも続…
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スティーヴ物語 vol.23 育児編 その3~親子最大の危機

平成12年4月長女中学入学。1年秋、腹痛を訴え1週間学校を欠席しました。その時は、大したことには思わなかったのですが、その後お家の一大事へと発展することとなったのでした。 2年生7月夏休み前から体調不良により欠席し、そのまま夏休みに突入。名古屋に住んでいた頃親しかった友達の家に2泊3日で遊びにいくことになった。 ところが…
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スティーヴ物語 vol.22 育児編その2

長女が小学校低学年の頃までは、週末になるとショッピングセンターかお弁当を持って車で15分程の大高緑地公園に出かけていました。ボール遊びにビデオ撮りに夢中だった思い出があります。 平成7年長女小2・次女年長のとき私の父が他界したのですが、その一月前に長男が誕生し一ヶ月だけ7人家族を経験しました。一人っ子であった私には、賑やか…
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スティーヴ物語 vol.21 育児編その1

「プルルルル」「スティーヴさんお電話です。」「生まれたよー」  昭和63年2月16日、勤め先の会計事務所でのやりとり。感動の長女出産の電話が、妻のお父さんから職場にはいった。職場の仲間にも祝福され、父親になったんだという実感が込み上げてきた。 翌日、娘に会うため長野県立木曽福島病院へ向かった。そして感動の対面を果たした。予定日…
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スティーヴ物語 vol.20 社会人編その4

ボーナスがカットされ、減給・退職勧告、これがお決まりのパターンだ。 今回は、もう会社にはあてにしない・自分で何かやった方がいいぞという気になったのだ。 36歳秋の頃だったろうか・・・。取得したカウンセリングの資格でも活かしてカウンセリングルーム、カウンセリング講座でもと考えて少しずつ準備を始めた頃、一…
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スティーヴ物語 vol.19 社会人編その3

バブルの崩壊とともに大口契約が、めっきり減少し、ボーナスも勿論激減するという状態に。              栄華を極めた!?バブリーだった時代 そして私のコンサルティング部門も消滅することに。 会計事務所において、税理士の道を既に断念していた私に残された仕事はすでにありませんでした 。 既に、子ども5…
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スティーヴ物語 vol.18 社会人編その2

天職にありつたけと思った会計事務所で10ケ月後に結婚式。 前職場で知り合い交際して2年でした。 私26歳、家内21歳でした。 しかしその2ケ月後に、退職。あまりに忙しい日々に肉体・精神ともについていけなかった。 仕事としては面白かったのだが・・。 仕事のやりがい、勤務時間、勤務地、給料全て満たすところって、…
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スティーヴ物語 vol.17 社会人編その1

希望というには、程遠い社会への出発でした。 新入社員としての配属先、愛知県一宮店をスタートに大府店、栄店。 2年目、店長として太田川、浜松、一宮、半田店と回り、多少アパレル業界に貢献しました。 しかしながらこの3年半は、クリスタルな東京生活との心の中での決別、そして自分探しと嫁探しの旅でありました。 …
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スティーヴ物語 vol.16 大学生編その4~大奥潜入

なんとかギリギリで進級を果たし、いよいよ学生最後の年を迎えることになりました。 自らの音楽活動は、前半休止。 指導者として、関係女子大学へ赴任することに。 私の配属先?は、東京都調布市仙川にある白百合女子大学フォークソングクラブ。 お嬢様学校で有名女子大である。 スティーヴついに禁断の園へ足を踏み入れること…
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スティーヴ物語 vol.15 大学生編その3

1981年昭和56年 3年生 校舎も横浜日吉から東京都港区芝にある三田校舎に いよいよ活躍の場が東京のド真中に 大学生活も絶頂期を迎える 住まいも東京都品川区東五反田 環状線山の手線の内側ということで、クリスタル族の仲間入り(当時、なんとなくクリスタルという本がブレイク) 港区との…
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スティーヴ物語 vol.14 大学生編その2

初めての2ケ月間におよぶ夏休み。主に地元名古屋でアルバイトに明け暮れていた。 そして夏休み明け、前期期末テスト。なんとかクリア。 その後授業には、あまり出席しなくなった。 朝、起きられない。 面白くない。 東京一人暮らしに慣れて、遊びにはまる。 そして最大の理由は、音楽サークル、慶應ワールド・フォークソング・アソシエ…
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スティーヴ物語 vol.13 大学生編その1

1979年昭和54年、慶應義塾大学経済学部入学。 同学部だけで1200人、内400人は、慶應義塾高校からのもちあがり。 親は、超一流企業のお偉い様でお坊っちゃまにお嬢ちゃま。高校時代にゴルフマスター。入学と同時に高級車。 私は、場違いなところへ入ったなと思ったが、ここでも負けじ魂がでて、一生懸命都会人…
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スティーヴ物語 vol.12 高校生編その3~恋愛編

vol.9からの続きになりますが、Hちゃんとは、別の高校に通うことになり、危機が訪れました。 学校群制度により、二人ともどちらの高校になるか発表まで全くわからないという中、決まったのは、一番距離がある高校になってしまったのだ。4通りの組み合わせで最悪。 毎日でも、地元の駅で会えたらと思っていたのに・・・夢は、現実に阻まれた。{%泣く…
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スティーヴ物語 vol.11 高校生編その2~部活編

中学生時代は、野球部だったので高校でもという気持はあったのだが、進学校で野球では無名であり、練習時間も長いということで、長時間通学の私には、無理かと思っていた。 そんな矢先、私の体格に目を付けたラグビー部の先輩が声をかけてきた。 練習は、5*30に終わるし、試合は15人も出れるし、高校からほとんど始める生徒が多く結構強いとの…
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スティーヴ物語 vol.10 高校生編その1~生活・学習編

1976年昭和51年愛知県立千種[ちぐさ]高等学校入学。名古屋学校群 1群 菊里ー千種 2群 千種ー旭丘 から半数ずつ振り分けられ、450名の入学。 無名の高校が、進学校である菊里・旭丘両校のおかげで、その後学校群制度が変わる12年後まで、学校群制度3年目で、中部地区ナンバー1の進学校になったのだ。 我々の大学受験でも東大20名、…
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スティーヴ物語 vol.9 中学生編その3~恋愛編

私が中学生の頃、人気があった歌手・曲といえば、フォークソングでは、かぐや姫・神田川、風・22才の別れ、イルカ・なごり雪、バンバン・いちご白書をもう一度などなど。 歌謡曲では、郷ひろみ・西城秀樹・野口五郎の新御三家と桜田淳子・山口百恵・森昌子の花の中3トリオ。他には、天地真理、南沙織、浅田美代子・アグネスチャンといったところでした。…
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スティーヴ物語 vol.8 中学生編その2~わんぱくガキ大将が神童になった?!

ワルガキだった小学生時代も終盤にきて、落ち着き始め、中学校入学と同時に心機一転「勉強とスポーツの両立」を誓ったのである。 クラスには、頭のいいヤツ、運動のできるヤツは、ゴロゴロいた。その中で負けたくないという気持ちは、強かったようである。負けず嫌いだったのかなぁと思う。 特に勉強は、好きではなかったが、テストは好きだった。努力が…
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スティーヴ物語 vol.7 中学生編その1~生活・部活編

いよいよ、中学生編に入ります。 1973年・昭和48年4月、名古屋市立本城中学校へ入学。 生徒数1200名、1学年400名のマンモス校。 名古屋市南区の人口、当時も現在もあまり変化なく約15万人程。中学は、7校。 名東区・千種区・天白区・緑区などの住宅街地域とは逆で、工場の煙モクモク不良生徒多数地域。まあ、とにかく色々な生徒…
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スティーヴ物語 vol.6 児童期編その3~初恋編

小学生における私の恋は、各学年時に誰かに好意をもつという感じであったが、運命的な出会いもあったのである。 1・2年時は、同じクラスのNちゃんと意気投合 確か2年のとき、隣の席に座りたかったので、勝手に席を代わってもらって座っていたら、担任に見つかりド叱られた記憶がある。{当然ですね}まあ、一応両想いでした。…
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スティーヴ物語 vol.5 児童期編その2~学習・活動編

前回の補足であるが、確か小学校5年の頃、私の愚行に愛想をつかした母は、遂に家を出たのである。学校から帰ると置手紙一枚がおいてあった。行先は、母の実家豊橋であった。翌日夕方帰ってきたのだが、私には、とても悲しかった。この頃から少しずつ変わり始めたのである。 さて、今回は学習・活動について思い出してみたい。 なんといってもそろばんで…
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スティーヴ物語 vol.4 児童期編(わんぱくガキ大将時代)その1~学校生活編

1967年昭和42年名古屋市立笠寺小学校入学。名鉄本星崎駅下車。 各学年8クラス、1クラス45名というマンモス校。 登校初日、早くも事件は起きた。分団登校中、同級生とケンカになり、手提げかばんを水溜りに入れてしまい、更に鼻血を出させてしまったのだ。 早速、母と相手の家に謝りに行くという事態。 しかしこれは、ほんの序章にしかす…
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スティーヴ物語 vol.3 幼児期編その3

西暦1965年/昭和40年4月、名古屋市南区の笠寺幼児園入園。 年中は、すみれ組・年長は、きく組。 将来の夢は、おみせやさん(花かつお、いちじく売り)と書いてあり。 連絡簿には、物事への興味・積極性はよいが、落ち着きに欠けるとあり。 頑固で素直に先生のいうことが聞けないとも書いてあり。 実は、いじ…
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スティーヴ物語 vol.2 幼児期編その2

父は、7人兄弟姉妹 母は、10人兄弟姉妹であったため、私は一人っ子ではあるが、いとこは、45人位いて私より下というと2~3人しかいなかった。 そのため休みの日になると、どこか親戚の家に行くということが多かった思い出がある。 普段は質素であったが、おでかけというと父母は、決まってスーツで私はというと、蝶ネクタイにハイソックス、バス…
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